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![]() 大晦日の晩、あたたかい部屋で紅白歌合戦を見ながら年越しそばをすすっている家庭がほとんどの夜。すれ違う車もほとんど無い中夕張へ。 旧北炭化成工業所跡地に残る大煙突の上空は満点の星空でした。 夕張に来るのは一年ぶりでしょうか、いつ来ても星空だけは変わらず綺麗。 ![]() 夕張神社 ![]() 初詣をいち早くしようと訪れる夕張の方々が神社の階段に並びます。 0時の太鼓の音と共に門(コーンのポールですが)が開かれ、あけましておめでとうと声をかけながら境内へ ![]() 毎年、元日になったと同時に2時間休まず夕張太鼓の初打ちが行われます。 石炭の斜陽化で炭鉱は全国各地で縮小、閉山が相次ぎ、炭鉱の町夕張でも暗いムードにつつまれた。 その街の人々の気持ちを明るく奮い立たせようと、鎮守夕張神社の宮司が神楽太鼓の勇壮さを取り入れ考案され、昭和45年に結成したのが「夕張太鼓」。 ![]() ![]() 力強く逞しい演奏が境内を包みます。高齢化した夕張の中で、若者が伝統を守るため、夕張を元気つけようと奮闘する姿は素晴らしいです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 気温はマイナス一桁。 参拝しに来る人が寒さで足早に帰ってしまい、見ている人が少なくなっても、疲れて力尽きそうになっても、演奏は続く。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 17名の夕張太鼓のみなさま、寒い中素晴らしい演奏をありがとうございました。 一昨年 http://benyan.exblog.jp/15219890/ も元日は夕張神社で迎えたのですが、あの時と変わらず夕張太鼓はかっこいいです。来年も零時を迎えると共に夕張太鼓を見ることが出来ますので、お時間のある方はぜひ応援しに来て下さい。 昭和45年 夕張太鼓結成 昭和54年 夕張太鼓の会設立 昭和59年 夕張太鼓解散 昭和60年 夕張太鼓保存会設立 昭和61年 夕張太鼓保存会小中学生募集指導 平成10年 「竜花」成人会結成 平成12年 夕張太鼓保存会「竜花」に改名 夕張太鼓保存会「竜花」 https://www.facebook.com/Yubaridaiko.Ryuka ![]() 夕張を後にし、そのまま寝ずに故郷の苫小牧の樽前神社へ初詣。 夕張神社とは打って変わって、派手で朝5時なのに人出も多く。おみくじは末吉でした ![]() 生まれは白老ですが、育ったのは苫小牧。 小学5年まで住んでいたので想い出が沢山ある町です。よく小さい頃遊んでいた海岸へ行ってみました。 王子製紙から排水が流れる水路は埋め立てられ、少し景色が変わってましたが、まだまだ昔のままで安心。 ![]() 雲行きが怪しかった空も次第に晴れ、初日の出を拝めました。 日の出が見れるとは思ってもいなかったので嬉しかったです。 ![]() ![]() 本年も何卒宜しくお願い致します。 beni ![]() 石巻の街を少し歩いてみました。昨年5月のことです。 昔ながらの建造物が沢山残っていた石巻。ここにも2mの津波が押し寄せ、ほとんどが無くなってしまったようです。 瓦礫は撤去され空き地だらけになっていますが、見ていると、いい町並みだったのだろうなということが感じられます。復興に向けて営業を再開した店も沢山ありました。そしてわずかながらも自分の郷愁を思わせるものも残ってくれていたので、時間は限られていたのですがシャッターを切って歩きました。 ![]() ![]() 愛らしい後ろ姿で誰かわかっちゃう ![]() ここはマンガロード。漫画家、石ノ森章太郎が宮城県出身ということで、町おこしのために街のあちこちに漫画のキャラクターモニュメントが置かれてます。マンホールには石ノ森萬画館とロボコン。かわいいね^^石ノ森萬画館は今月3月23日リニューアルオープンします! ![]() ロボコンも3mの津波にのまれとは思えないほどピカピカ。 11体中、9体は奇跡的に致命的な破損を逃れたらしいけれど、キカイダーとシージェッターは流出してしまいました。 キカイダーは昨年、寄贈されて復活したそうです!見に行かないと~ ![]() こちらは大正14年(1925)に建築された旧東北実業銀行石巻支店。 2階部分の円柱のディティールが美しいですね。 ![]() 観慶丸商店(かんけい丸) 昭和5年に建築されました。 交差点角地に建っており、3階建てで上の丸窓といい、角のラインが素晴らしく美しいですね。陶器を扱っていたので、外壁は陶器製のタイルを使用してるとか!屋根はスペイン瓦葺。なんと洋式でモダンでしょう。 1階部分は損傷受けてしまいましたが、昨年9月にその1階部分が「復興ステーション」として生まれ変わったそうです!^^ ![]() 創業大正11年のサルコヤというおもちゃ屋さん。 ![]() サルコヤの由来は猿を飼ったことからついたそうです。詳しくはHPにてhttp://www.sarukoya.com/ ![]() トウ! ![]() 2mの津波が仮面ライダーを襲ったけれど、無傷でこのポーズをとっていたそうです。逞しいです ここからは海も川も見えないのですけどね。。。 ![]() 趣ある建築が点々とがんばってます。 ![]() ![]() ![]() 石巻にゃんこ 道路の真ん中でノビノビ ![]() アラッ!!!? ![]() チョビン!!チョビンじゃないの!子供の頃大好きだったチョビン!w この腕の星が欲しくて、親とデパートを探した事があるのです 星の腕輪なんておもちゃでも販売してないのだけど、駄々をこねて探した想い出がここで蘇るとは ![]() ![]() ![]() 右側が、ことぶき町通り商店街。そのことぶき町通りを歩いていると・・・・ ![]() なんとも妖艶なスポットが!石巻日活パールシネマです。 この場所は元々、吉田松陰という幕末の偉人の宿所跡で、それから酒蔵になり、芝居小屋になり、昭和30年に映画館としてスタートしました。現在のスタイルになったのは、30数年前からのようです。80歳を超えるオーナーさんがフイルムにこだわり、今でもロマンポルノの上映をしているとか。 ![]() この石巻日活パールシネマ注目したいところは、スクリーンの大半が海水に浸かり泥まみれになったのに、震災から3ヶ月でスピード復活上映をしたそうです。84歳のオーナーは屋根に登って助かったのですが、すごいパワーだよね。 先日Upしたクラブハイツもそうだけど、男性の元気の源の灯火が消えるのは悲しいじゃない。それどころじゃないかもしれないけど、心を癒す空間はいろんな形で大切だと感じます。 こんな元気な84歳がいるなんて、うれしく感じた。 ![]() ![]() ![]() 「津波が来ようが地震が来ようが、映画の灯は消しませんよ。われわれには表現の自由が約束されてる。ポルノでもなんでも、懸命に表現している人たちのためにも、私はこの映画館を閉じません」(週刊ポスト2011年7月22・29日号) ![]() すごいなあ。強いな・・石巻の人達!!まだまだまだまだ完全復興までまだまだかかるけれど いつも応援してる!いつも考えてるし。また必ず行くし!! 一緒にがんばっぺし! 撮影:宮城県石巻市 2012年5月6日 camera: Nikon F3, Nikon D7000 ![]() 札幌クラブハイツ。札幌オリンピックが開催される5ヶ月前の1971年9月6日に開店。 エンペラーやミカドなどが閉店してゆく中、全国最後のマンモスキャバレーとして残り続けてきました。 子供の頃、深夜になると流れる静止画のCMを眺めていた記憶があります。 http://www.youtube.com/watch?v=mbr8QLJvFOg 実はずっと来たかった。訪れるのは最初で最後となりましたが、このクラブハイツの専用エレベーターに乗ることが出来ました。 ![]() 長い廊下にホテルのようなフロントや荷物を預けるウェルカムカウンター ![]() 赤い絨毯がつづくフロア。ボーイさんが席へ案内してくれます ![]() ![]() ![]() 1000平方メートルのフロア面積。ステージを中心に放射状に450人が座れる席が並んでます この規模はリアルで見ると圧倒され、物凄い感動 ![]() アーチ型の鏡が全ての壁に ![]() ![]() 金の手すりのチンチラ張りソファ ![]() ふりそそぐゴージャスなシャンデリア もうなにもかもが綺羅びやかな昭和の世界 ![]() 全盛期には300人のホステスが在籍、現在は130人となりました 席についてくれたオネェさんが飼っている猫の写メを見せてくれました。 オネェさん達は胸元にポケベルを入れてます。指命が入ったらポケベルが鳴るのですね ![]() おつまみは、フィンガーチョコレート入り。 昭和36年頃(1961年頃)から発売されているカバヤ食品のなつかしのお菓子 ![]() ショーがはじまりました。クラブハイツでは生バンドや歌手のショーが1日に2回あります。 ![]() ![]() 黄金期はショータイムで女の子が踊ると、1回の踊りで50万円のチップをもらう子もいたとか。景気の良い時代の夜の蝶は幸せでしたよね。 見ることは出来ませんでしたが、チークタイムなどもあるそうです。そんな大人な世界、味わってみたかったな ![]() ![]() ステージの両隣に、柄の入っていない絨毯とチェーンのカーテンに囲まれた特別そうな場所が。 ![]() VIP席なのかな ![]() いっぱい撮っててね!と、オネェさんに撮影OKの許可をいただいたので コンパクトデジカメ持ってせわしなく動いており、大人しく座って呑んではいませんでしたが・・・ こういう世界はたぶん、二度と日本に訪れない気がするから 最後に見れて良かったな ![]() 高度経済成長期から42年の間、ススキノの昭和の象徴として華麗な夜を届け続けてきてくれた札幌クラブハイツは 2013年2月28日23時30分に幕を閉じました。 これで全国唯一のグランドキャバレーは完全に姿を消したことになります。 女性なので利用する機会はほぼないとはいえ、昭和の灯りがまたひとつ消えるのは寂しいものですね 撮影:2013年1月21日 camera: FinePix F200EXR
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