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beniです。 フイルムカメラ(Nikon F3)で、北海道の昭和レトロな街を撮り歩いてます。twitterは@beni49、Facebookは本名でやってます
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マンサードⅠ 撮影2010年9月26日
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夕張市清水沢清栄町に、石炭を掘る鉱員の家族のために今から66年前に建造された炭鉱住宅が残されていた。
しかし先月10月1日惜しまれる声があがる中、解体されてしまいました。
炭鉱の歴史的建造物として非常に貴重な建物だったけれど、夕張にはこの建物を維持できる予算がないということで。。
非常に残念でしたが、解体される前にこの炭鉱住宅の内部を一般公開するということで
自分の写真展が夕張で開催されてる中、1時間だけ抜け出してきました。

この炭住、私が夕張を撮り始めだした2008年から毎年撮ってはいたんです。
6月初夏を迎えると、この『コ68』という炭住の屋根に藤の花が咲くの(藤の写真はこちら2008年)
それがとても好きで、通る度に咲くタイミングをいつも気にしてて。。
もうあの藤の花が咲くのが見れないんだな・・と思うと切なくなった。


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ここで暮らしていた人達の思い出、私がここで藤の花を毎年楽しみにしていた思い出・・
切ない気持ちでいっぱいだけど失うことは止められないから、色鮮やかにいつでも思い出せるよう記録しました。


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腰折型鉱夫住宅という名称は、北海道でよく見られる屋根の形状(マンサード型)を使ったことで名づけられ
マンサードにしたのは、夕張での豪雪を屋根の下段面を急勾配にすることにより落としやすくするため。
牧場の納屋とかにもよく見るよねマンサード。草原にポツンとあると可愛かったりする。
17世紀のフランスの建築家フランソワ・マンサールが考案した屋根だからマンサードというらしい。


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この、止 二.〇とか、止一.二 って表記は何を意味するのかしら。ずっと気になってる。




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26年前。犬飼ってたんだね。




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今は作る人がもういない模様入りのガラスと、戸を蝶番でなく木でつっかえるのとか何か懐かしいよね。
ガラスも割れたらテープで留めるのが普通だった。まだ私が幼稚園にも上がらない頃、苫小牧で長屋に住んでた時があって
その時の記憶が残ってるんだよね。ドブに落ちた時に、お風呂ついてないからって台所の湯沸かし器で洗われたのとか(笑
かつおぶしの中にかつおぶし虫がウジャウジャいたとか・・どうでもいい思い出がとても鮮明なんだw
だから炭住とか見ると、やけに懐かしさを感じるのだと思うんです。


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今回取り壊しになったのは、こういった人が住まれてない炭住のみ。
現在も住居してるところは立ち退きもないというのをその場で聞いて、ちょっと安心・・・
ただ、市の財政再生計画に基づく市営住宅への集約で、いずれは立ち退かねばならない日がくるかもしれないという話もしてました


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まだ住まれているところは補修などとても手入れが行き届いていて、
住民の方は、住めるうちは住んでいたい。と、炭住にとても愛着があるそうです。



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ここのお宅では今でも薪で火を起こし、石炭で暖を取っています。石炭は暖かさが違うんだって。
石炭を使う人は少なくなってしまったけれど、昔のものの良さを知ってる人はいまでも使用しつづけてるんだね。
おじいちゃんちに石炭ストーブあったけど、幼少すぎて石炭の暖かさ。。覚えてないなあ・・



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三笠にある炭住なんかは、若い方の住居希望者が後を絶たないらしい。
東京の谷中にあるモルタル木造住宅なんかも、そういう歴史刻んだ建物に住みたいと今の世代の人達でいつも満室だとか。
夕張もいつかそういう形で、あるものを再利用して魅力ある街づくり出来たらいいのになあ~とか思ってみたりしてます。
夕張に住んでから思えって感じですが(笑)、やりたい仕事があればいつでも住みたいな。
現在、夕張駅の補修やバリー屋台の建設、炭住を改装して移住者募集するなどで活動されている
小樽のトベックスという建築会社さんが、そういうことでは先駆者になって素晴らしいお仕事されてますね。



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大活躍する日が来るのは、あともうちょっと




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1棟1室だけ内部公開していた室内へ入ってみます

camera:Nikomat FT3
lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
FILM:FUJICOLOR 400

マンサードⅡへ つづく。



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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-10-18 01:03 | 夕張
4つ目の写真展終了☆ありがとうございました
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10月2日、3日と小樽にて開催された、写真展まちの記憶~手宮線がつないだもの~無事終了しました。
小樽鉄路写真展、フイルム一本勝負ダイジェスト写真展、南大夕張での個展、まちの記憶写真展と、
4つの写真展の準備を毎週やっていたので、ブログ更新やコメントレスがほとんど出来なくてすいませんでした。
その間、東京旅行や友人結婚式のDVD作成、普段の仕事なども挟んでいたので、結構パニックでした(笑)
でも1つ1つ手抜きせず、すんごく充実した写真展を毎回開催することが出来たので非常に楽しく充実してました。
これもそれも見に来て下さった方々のお陰です。写真展は、見にいらしてくださる方がいないと成立しないですから・・
本当にほんっとに、見に来てくれて大・大・大感謝です!!!!!!!!!!!



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2日(土)



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3日(日)

と、沢山のお客様がいらしてくださり、おしゃべりしたりして楽しい時間を過ごさせてもらいました。
さて問題です。この1日目と2日目の写真。テーブルの位置とかお客さんの人数以外で、1箇所だけ微妙に違うところがあります。
さてどこでしょうw

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今年で北海道に鉄道が誕生して130年。北海道に最初の鉄道が走ったのは小樽でした。
岩見沢市三笠、幌内、夕張、江別などを通って石炭が運ばれていたレールが、小樽に現存する旧手宮線。

空知は、石炭を掘り出すことによって北海道の開拓を先導した
小樽は、港と運炭鉄道によって北海道のゲートウェイとして繁栄した
室蘭は、空知の石炭から鉄や鋼を作り日本の近代化を支えた
そこは近代、北海道。今日の暮らしの原点が・・・ここにある
北の近代三都物語より)

今回の写真展は小樽観光協会からの依頼で、フイルム一本勝負のメンバー7人が、近代三都市の写真を展示。
この日のために用意された撮りおろしの作品も多数で、出展する方もお互いの作品を見合って楽しみました。


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私は、大夕張、夕張、幌内、小樽、三笠、美唄、秩父別、北秩父別、万字の写真を16点展示。
4年間の撮りためた写真の中からのお気に入りです。
個展で展示したのと同じ写真が3枚ほどありましたが、他の13点は初出展です。そのうち2点は先日の夕張での撮りおろし。


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会期中、ガチャガチャで
無駄使いするものが続出。



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小樽市小沢の名物、
トンネル餅の差し入れが!!
これって凄い美味しいんだねw
激しく柔らかいの・・
しかもあまり甘くないので
何個でも食べれちゃう感じ。
スアマみたいだけど
スアマより食べやすい。
皆喜んで食べてました~
ありがとうございました!



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そして写真展には
必ず顔を出してくれる
大夕張LOVER’Sの
お二人も来てくれて、
小樽ビールで乾杯☆
小樽ビールって爽やかで
飲みやすいんだね~
なんだかとても
フルーティーだよ!!



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写真展の最終日は、小樽文学館に植えてあるポプラ並木の最後の日でもありました・・
沢山署名が集まり、小樽市民が反対しているのにも関わらず、小樽市長によって伐採されました。
倒木の心配もない、まだあと半世紀も生きれる健康な木を・・・ひどいです。とりかえしのつかないことをしたよ小樽市は



ポプラが風になびいてサワサワと音をたてる この音はもう二度と聞けない。二度と見れない
本物はもう見れないけれど・・・動画を撮ってUPしておきました。
ここに来ればいつでもポプラの歌声が聴けます。いつでも会いに来てください。


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【手宮線がつないだもの】というテーマで各自それぞれいろんな想いが込められた写真展でしたが、
私と手宮線が繋いだものは・・絆です。
小樽を撮る様になり、のちに夕張を撮るようになった。小樽の鉄道、夕張の石炭・・それらが繋がるなんて
4年前までは思いもしなかった。その間の4年間に沢山の景色や建物、そして人と出逢い、
その人達との出逢いは私にとってとても大切なものになる。
景色や建物が失われても、人の思いや絆は永遠です。しかし、今回、
ポプラのことで大切なものが山ほど失われました。この先はそういうことがないことを願います。
これからも手宮線を通して、沢山の絆が結ばれてゆくことを願っています。
いつまでも笑顔でいれるように

写真展 まちの記憶 ~手宮線がつないだもの~ 
応援してくださった皆様、ありがとうございました。

次の写真展は、富士フィルムフォトサロン札幌にて、11月5日~10日まで開催します。
また近くなったら告知しますので、そちらの方もよろしくお願いしたします。
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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-10-06 00:02 | 小樽
道東1524キロの旅24 ~時代~
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根室市の付け根に位置する落石という小さな漁村。
落石港は、太平洋に突き出した落石岬と浜松海岸の崖に取り囲まれるようにしてあり
なんともいえないそのこじんまりとした雰囲気が物凄く落ち着く場所。



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北の国から~秘密~と~時代~(1995、1998年放送)で、ロケ地としても落石が使われたのは有名。
蛍は勤めていた病院の院長と駆け落ちし、この落石の診療所で働いているというお話。
現在もこの建物は民家として利用されており、ドラマで映ってた船とかは古くなって無くなったよう。



ロケ地:落石



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泊まる夜、落石駅へ。無人駅です。
落石の由来はアイヌ語の「オクチシ」。人の首の付け根のくぼみを指す。



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そういえば・・鹿の丘にいた時、右の林の奥から汽笛が聞こえた。
明日はあの丘から根室本線・花咲線を撮ろうかな。。




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撮影:根室市落石 2010年2月10日
camera:Nikon FE2
lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4 
FILM:FUJICOLOR 100

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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-04-20 00:00
道東1524キロの旅23 ~翼よ、北に~
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旧落石無線通信局
落石には、歴史を語る上でとても大切な建造物が残っています。それがこの落石無線通信局。
明治41年(1908)に建造され、火災や戦災に見舞われてから今の姿になったのが、昭和29年(1954)のこと。
千島列島やカムチャツカ半島との無線通信や、北太平洋の広い範囲の航空機や船舶とのモールス信号交信の
なくてはならない施設だったそうです。



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1931年、チャールズ・リンドバーグが北方航空路調査のため北太平洋を飛行した際、
根室港埠頭の岸壁に無事到着できたのは、無線局でシリウス号との無線連絡を続けていたお陰。
リンドバーグ夫妻は、濃霧の中を適切な誘導してくれた感謝を伝えるために、この落石通信局へも訪れたそうで。
半世紀以上昔のことを思い馳せながらこの地に立つと、とても不思議な熱い気持ちになります。



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昭和4年(1929)、世界一周のためシベリアから日本に向けて飛行中だった
ドイツの飛行船ツェッペリン伯号との交信にも成功。非常に高い技術で世界との交流がここで行なわれていたのですね。
この船に乗ってたエッケナー博士が、ライカを首から下げて船から降り立ったのを見て、
昭和のストリートスナップショットカメラマンの重鎮木村伊兵衛はライカを使い始めたという。
ライカ使いの神様の誕生にもなった飛行船の通信も落石でやってたなんて!



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当時は、業務を勤める職員や家族を含め100人あまりの人が住んでいました。
5棟の住居や格納庫や共同浴場などもあり、その跡を知れるような痕跡もまだ微かに残る。これも住居跡かな。
雪に埋もれて見つけれなかったけど、通信塔の基礎も残ってるようです。



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通信衛星などの普及で次第にその役割は薄れ、
落石通信局の歴史に幕を閉じたのは今から44年前の1966年のことでした。
通信局として使われなくなった今は、【落石計画】と題してアートプロジェクトが行なわれたりしてるそうです。
廃墟と化してしまう歴史建造物も、こういう利用のされ方で人々とのコミュニケーションが無線という形ではなく、
芸術という形で交信されている姿はとても素晴らしいなあと思いました。



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ツーツーツートンツー ツートンツートントン
今でもどこからか、そんなモールス音が聞こえてきそうな・・・

撮影:根室市落石 2010年2月10日
camera:Nikon FE2
lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4 
FILM:FUJICOLOR 100


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-04-18 01:22 | 道東
円山市場よ永遠に ~記録・最終章~
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高橋精肉店さんは現在、ミニまるやまいちば(北2条西25丁目)にて営業続けられています。
ミニまるやまいちばには他にも、熊谷青果さんと吉田商店さんも元気に営業中!朝10時~夜7時、日曜定休。




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寿司の花ざと 55年の職人暦を持つお店。円山市場の近くに又お店を出してくれるそうです。




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つけもの屋 金野 創業60年の漬物屋さん。25年物の自家製ぬか床の糠漬けが自慢。
円山市場の並びに新しい店舗を構え営業中(大通西24丁目1-30第五長寿庵ビル1F)




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新しい店舗に移転しても、やはり何十年と市場の中で支え合ってきた仲間達と別れる寂しさは強いことでしょう。
人生を過ごしてきた大切な場所だもの。



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器と調理器具 器専堂(きせんどう)
業務用調理器具から食器、い草のほうきやハタキ生活用品など、円山地区で唯一の専門店。
写真に写っているデカトラ亀の子タワシは、ワタシが里親になりました(*´∀`*)
縁起ものの22センチもあるタワシは何年あったのか分からないけれど、これからは私の部屋で何十年と飾られます。
器専堂のおかみさんが「これ買ってくれたんだーありがとう!」と、
あまり手に入らない亀の子タワシの紙袋をおまけにくれたよ。


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器専堂の店主さんと、店のお手伝いしていたのはお孫さんかな?
とっても愛想が良くって可愛かったなあ。店主さんは小樽出身!ふたりと握手して記念の1枚。
「デカトラ温泉に持ってって体洗ってね(笑)」と、楽しい談笑しながらのお買い物。
人と人とがコミュニケーションを取る事によって自然に笑顔が出て、笑顔を出すことで元気になれる。
対面販売は美味しい食材の他にも、元気のスパイスも貰える素晴らしい場所。


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漬け物、塩干など、おかず全般を扱っている高橋商店さん。
ご自由にお持ち下さい。と書かれた籠にホタテの貝殻とかスルメの足などが入ってたので見てたら、
これあげるよ持っていきな~と、タラの関節骨と何かの浮き袋を乾燥させたものをくれました。
魚の浮き袋はとっても薄く、膨らませて乾燥させるのは大変みたい。大昔はこれを避妊具に使ってたらしい!
きっとこういうのを沢山作っては、市場に遊びに来た子供たちにあげてたのだろうね。


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高橋商店のおじさんに、こちらはどこかに移転されるのですか?と聞いたら
「いやあ~今日で終わりだよ。もう引退だねぇ・・」
それ聞いたとたん、我慢してた涙がドバーって出てきて止まらなくてマイッタ。。
泣きながらお疲れ様でしたと硬い握手をした。高橋商店さん、長い間お疲れ様でした。お話できて本当に良かった。
いらなかったら投げてね!なんて言ってたけど、頂いた骨と浮き袋は大切に飾っておきます。


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明治26年に農家が野菜などを販売した円山朝市が25丁目付近で始まり、
大正時代には現在の場所で円山朝市が行われるようになる。
その後、昭和28年頃に円山市場が開業。当時は1階建ての長屋でしたが、昭和45年(1970)に現在の建物に。
ピーク時には55店舗が入居して賑わっていたけれど、経営者が高齢になり跡継ぎもいない店も増え
37店舗に減りましたが頑張り続けてきました。


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1世紀という長い年月を凄し、札幌の歴史と共に歩んできたまるやまいちば。
沢山の想い出や育んできた人と人との繋がりは、これからも消えることなく
たとえお店が建物がなくなっても、人々の心の中にまるやまいちばは存在し続けます。
生活を支えてくれてありがとう 沢山の笑顔をありがとう



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まるやまいちばよ永遠に


camera:Nikon FE2 lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
FILM:FUJICOLOR 400


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-04-08 21:26 | 札幌
円山市場よ永遠に ~記録第二章~
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円山市場は、鮮魚、野菜、惣菜だけではなく、洋品店や金物屋さんなど色んな店があるのも魅力。
ここに来れば何でも揃う、昔は小さなデパート的存在だったんだろうなあ。



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石橋時計店。24店舗ある中で唯一初代店主を勤める石橋昭市さん(83)は
米国時計学会日本支部で実施された機械式(ゼンマイ式)時計最高峰の公認高級時計師の資格を持っている。
戦後800人しか合格していないという職人さんが現在現役でいるのは、全国でも30人もいないとか。
店は別の場所へ移転して営業をするそうです。石橋さんの素敵な笑顔には心が癒されます。



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2階へ上がる階段の下には喫煙場。




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円山市場の向かいに魔女卵(まじょらん)という雑貨店があります。HPこちら
レトロキッチュな雑貨が大好きなので、お皿とか変な鳥の雑貨とかを買いながら店員さんとお話してて。
すると店員さん、円山市場の2階に行きました?店は少ないけれど、結構昭和レトロしてますよ~と教えてくれました。



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洋服直しのひまわりは、円山市場からすぐ近くに移転。もう新しい店舗作りが開始されてました。
新しい店のガラスにも、ちゃんとこのひまわりが咲いてました。




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珈琲苑サンパレーには、昔懐かしいインベーダーゲームのテーブルがあったそうです。




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長年サンパレーを愛して下さって有りがとう御座いました
今思い返せばあっという間でした・・・・・・・・
市場のみな様と共に支え合いながら過ごしてこれた日々をうれしく思います
私自身も少し休眠を頂き また仕事にはげんで行きます
ほんとうにどうも有りがとうございました。 
(珈琲苑サンパレー店主さんのお手紙より)

撮影:3/19、31
camera:Nikon FE2 lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4 FILM:FUJICOLOR 400


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-04-06 00:23 | 札幌
円山市場よ永遠に ~記録第一章~
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円山市場が先日3月31日をもって、117年の歴史に幕を閉じました。
私は小学5年の時に苫小牧から札幌へ引っ越してきて今に至るのだけれど、
札幌に住む人はドライな方が多く、人にも動物にも冷たい環境が身近にあり傷つくこともあった。
そんな街が嫌いで、大人になってから私は田舎へ逃げて写真を撮ることが多かったです。
しかし円山市場は、都会の一等地にありながらも人情味が溢れ、人と人とのコミュニケーションを大切にする
優しく温かい場所でした。傷ついた私を包んでくれる、人のぬくもり。懐かしい故郷と同じ匂い。
自分の家から円山までは距離もあり、なかなか利用出来る環境にいなかったけれど
初めて行った瞬間から大好きになり、店の方々の笑顔に涙が出そうになるほど嬉しくなった。
こんな素敵な場所が無くなるなんて辛くてたまらない。
時代の流れとはいえ昭和の灯火が又消えてゆくのは悲しすぎる。
受け入れたくない自分と、受け入れていかなければいけない自分に葛藤していた。。

最後の日、写真を撮りたくても胸がいっぱいで涙が出てきて撮れない。
しばらく市場の休憩場の椅子に座り込んでジッとしていた。
向かいの店のおじさんが客がいなくなったのを見計らって、物陰に行きタオルで涙を拭っているのが見える・・
だめだ・・辛い・・・。

小さい頃から円山に住んでいて、この市場で遠足の駄菓子を買っていたという友達にメールをしてみた。
数分後、「最後の日の風景を切り取ってきて下さい。記憶が鮮やかに残るように」と言う返事が返ってきて・・
気持ちが引き締まり、歩き出しました。
道東編の途中ですが、全ての景色が大切過ぎて選べないので、3回にわたって撮った写真ほぼ全部Upします。
自分なりに心を込めてシャッターを切りました。友達、そして円山市場に沢山思い出のある方々に贈ります。


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撮影:3/19,31
camera:Nikon FE2 lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4 FILM:FUJICOLOR 100


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-04-04 18:51
道東1524キロの旅21 ~街・花咲2~
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撮影:2月9日 根室市花咲港
camera:Nikon FE2 lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
FILM:FUJICOLOR 100


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-04-01 22:55 | 道東
道東1524キロの旅20 ~街・花咲1~
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花咲駅に寄ろうと思い、花咲の街は通り抜けるだけだったのに・・・・




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丘の上から見下ろすだけで・・遠くから見るだけで・・その雰囲気に圧倒され
この先の予定なんかどうでもよくなるくらい夢中でシャッターを切る。
木造の家があちこちに点在していて、昭和にタイムトリップしたかのようだ。
こんな街、今まで見たことない。



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ロシア語が飛び交う。カメラを持って歩くことが、なんだかいつもより緊張します。





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撮影:2月9日 根室市花咲港
camera:Nikon FE2 lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
FILM:FUJICOLOR 100
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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-03-29 00:20 | 道東
道東1524キロの旅15 ~根室街撮り夜行~
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夜の駅前通り。こちらの日中の駅前とは、また全然違った雰囲気に。



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かわいいでしょ。看板とか名前とか(笑
駅前にある大きなお宅のクリーニング屋さん。
外装は塗装きれいにしてあるけど造りが昔の構造でステキなのです。
根室駅降りたら注目してみてくださいね♪


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ロシアの方もお買い物に来ます。北方領土の近くにいるんだなあって実感しますね。





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夕方撮った場所と同じ場所にて。スナック街は夜になると怪しさが増すので好きです。
怪しい場所なんてないんだけどね。カメラぶらさげて歩いてる私が一番怪しいしね。



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だからどうしてパーマン




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千鳥足で帰ろう 根室の夜は更けて


撮影:根室 2010年2月8日
camera:Nikon FE2 lens :Nikon Ai Nikkor 28mm F3.5、Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
FILM:FUJICOLOR 100


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2010-03-14 00:59 | 道東
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