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beniです。 フイルムカメラ(Nikon F3)で、北海道の昭和レトロな街を撮り歩いてます。twitterは@beni49、Facebookは本名でやってます
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NEW YEAR 2014
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大晦日の晩、あたたかい部屋で紅白歌合戦を見ながら年越しそばをすすっている家庭がほとんどの夜。すれ違う車もほとんど無い中夕張へ。
旧北炭化成工業所跡地に残る大煙突の上空は満点の星空でした。
夕張に来るのは一年ぶりでしょうか、いつ来ても星空だけは変わらず綺麗。


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夕張神社




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初詣をいち早くしようと訪れる夕張の方々が神社の階段に並びます。
0時の太鼓の音と共に門(コーンのポールですが)が開かれ、あけましておめでとうと声をかけながら境内へ


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毎年、元日になったと同時に2時間休まず夕張太鼓の初打ちが行われます。
石炭の斜陽化で炭鉱は全国各地で縮小、閉山が相次ぎ、炭鉱の町夕張でも暗いムードにつつまれた。
その街の人々の気持ちを明るく奮い立たせようと、鎮守夕張神社の宮司が神楽太鼓の勇壮さを取り入れ考案され、昭和45年に結成したのが「夕張太鼓」。



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力強く逞しい演奏が境内を包みます。高齢化した夕張の中で、若者が伝統を守るため、夕張を元気つけようと奮闘する姿は素晴らしいです。



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気温はマイナス一桁。
参拝しに来る人が寒さで足早に帰ってしまい、見ている人が少なくなっても、疲れて力尽きそうになっても、演奏は続く。




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17名の夕張太鼓のみなさま、寒い中素晴らしい演奏をありがとうございました。
一昨年 http://benyan.exblog.jp/15219890/ も元日は夕張神社で迎えたのですが、あの時と変わらず夕張太鼓はかっこいいです。来年も零時を迎えると共に夕張太鼓を見ることが出来ますので、お時間のある方はぜひ応援しに来て下さい。

昭和45年 夕張太鼓結成
昭和54年 夕張太鼓の会設立
昭和59年 夕張太鼓解散
昭和60年 夕張太鼓保存会設立
昭和61年 夕張太鼓保存会小中学生募集指導
平成10年 「竜花」成人会結成
平成12年 夕張太鼓保存会「竜花」に改名

夕張太鼓保存会「竜花」 https://www.facebook.com/Yubaridaiko.Ryuka



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夕張を後にし、そのまま寝ずに故郷の苫小牧の樽前神社へ初詣。
夕張神社とは打って変わって、派手で朝5時なのに人出も多く。おみくじは末吉でした



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生まれは白老ですが、育ったのは苫小牧。
小学5年まで住んでいたので想い出が沢山ある町です。よく小さい頃遊んでいた海岸へ行ってみました。
王子製紙から排水が流れる水路は埋め立てられ、少し景色が変わってましたが、まだまだ昔のままで安心。



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雲行きが怪しかった空も次第に晴れ、初日の出を拝めました。
日の出が見れるとは思ってもいなかったので嬉しかったです。




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本年も何卒宜しくお願い致します。
beni
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Top▲ | by benyanco-ltd | 2014-01-12 01:16 | 夕張
あのころの春・大夕張
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三弦橋 あのころの春、エゾエンゴサクが咲いていた




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キリ助の足元にはふきのとう




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その後ろには、福寿草が咲き乱れていたね




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春になると 鹿島東小学校には、冬まで枯れない水たまりができる。




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水たまりにはアメンボウ




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おっきなカエルの卵!!




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千年町の通りを歩いていると鹿に逢えます。草の芽を食べに町に降りてくるのです




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富士見町




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児童公園 ブランコ




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うんてい 春になるとここには水仙が咲きます




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夕張岳がきれい。ここらにはプールなどがありました。
プールの中でおしっこする子供がいるので、しょんべんプールと呼ばれてました。



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鹿島小学校 グラウンドにある大きなイタヤ楓の木 鳥のさえずりが心地良い




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あのころの春・大夕張




撮影 2011年・春
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Top▲ | by benyanco-ltd | 2012-05-20 00:10 | 大夕張
青の刻参り
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あけましておめでとうございます~
2011年は夕張にいっぱいお世話になったので、大晦日は夕張神社で年越しを迎えることにしました。



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大晦日から三が日は、神社の灯籠がついていてきれいです。
この灯籠は本町2丁目にかつてあった、石切神社の灯籠が再利用されているのです。



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長い階段が続く 裏から車でも上がる事は出来ますが、健康な内は正面からお参りします。




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ぼんやりお月様。



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日が落ち、夕張が暗闇に包まれる間の一瞬の空の青はきれい。
ひっそりと厳かな雰囲気の夕張神社ですが・・・




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大晦日からお正月を迎える0時になったと同時に、



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威勢のいい夕張太鼓の音色が響く!




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毎年夕張神社では夕張太鼓の皆さんが太鼓を披露してくれているようで、
いつもなんかしらのお祭りで夕張太鼓を見かけるので撮影はしてるのですが、ここでは今年はじめて見ました。



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氷点下で白い息を吐きながらも元気いっぱいに楽しく踊り演奏していて、ほんと凄いよー



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参拝客も続々と初詣に




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御神酒や



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甘酒も振舞ってくれます。
体が温まる~

参拝客は0時には
そこそこ来ていたけど
寒いので長くいる人は
そんなにいないの。
でもそれでもずーっと
太鼓叩き続けてる。




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0時から、2時間も演奏し続けた。新年早々、こんなに頑張ってる人達見て、かなり感動。
すごいかっこいいなー!


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お疲れ様でした。素晴らしい演奏をありがとうございます。
今年は優勝出来るといいね♪



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ひと気が無くなってから、私も参拝しておみくじを引いたら 【大吉】でした。
新年早々幸先いいスタートなのでいいことがありそうです。夕張で(笑)
2012年、スタートしました。本年もどうぞよろしくお願いします。

撮影:夕張 2011年12月31日~2012年1月1日、1月2日
camera:Nikon D7000
lens:TOKINA AT-X 116 PRO DX 11-16mm F2.8
   Nikon AF-S NIKKOR 50mm 1:1.8G
   Nikon AF-S DX VR Nikkor ED 55-200mm F4-5.6G


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2012-01-04 22:42 | 夕張
2011 ~支える医療研究所支援報告③~
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2011年7月31日(日) 三日目の朝。気仙沼での活動最終日です。
晴れていれば気温が30度を超えるほどなのですが、この三日間はずっと雨で気温も25度程度。
北海道育ちで暑さに慣れてない私ですが、とても過ごしやすかったのを覚えております。


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宿からJRSのトレーラーがある気仙沼イオンまでの道のりは、こういう状況。
今から4ヶ月前は信号も点いていなく、交差点は譲り合いながら走ります。
港は地盤沈下してしまったため、満潮時になると海水が入ってきました。
今月12月になってやっと、気仙沼にも信号がついたそうです。



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イオンの駐車場では
被災地の被災者で作られた
ボランティア団体による
被災地復興イベント
【響げ!打楽器の港まつり】
の準備が行われてました。

気仙沼が自らの手で気仙沼を
盛り上げようと立ち上がり、
鼓衆&打楽器人達などが
パフォーマンスをしていたようです



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親子連れやお年寄りや若者で賑わい、屋台も沢山。浴衣の無料配布なども。




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最後の朝のミーティング




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この日は17時の飛行機で北海道へ帰らねばいけないので、午前中だけの巡回診療で3軒まわりました。



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一軒目は小高い丘の上に建つ
海の見える特別養護老人ホームです。
丘の上にあるので震災を逃れました。
低地にあった気仙沼のホームは
震災で使えなくなってしまったため、
この老人ホームに来ている方も
多くいるらしいです。




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二軒目は葬儀屋をされているお宅でした。
私は外で待機していましたので村上先生のメルマガから、その時の様子をお伝えします。

何軒か訪問した中で、葬儀屋を営む方のご自宅を訪問した時の事が印象に残っています。
ご家族も被災直後から超多忙になり、寝る暇もない状況が続いていたのだそうです。
あまりにも被害が大きかったために、棺が足りなくなりお断りする場面もあったと聞きました。
時間に関係ない仕事の為に不眠となり、随分痩せたとおっしゃっていました。
(夕張市立総合病院を引き継いだ「夕張希望の杜」の毎日メールマガジンより)


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3軒目は山の奥にあるお宅でした。お母さんが旦那さんの介護をして支えており、バイクで買い物も行くとか。
交通なども不便な場所ですが、ずっと住まれてこの場所から離れたくないと土地に愛着を持っておられる高齢者の方は多いです
病院へ入院するよりも、多少不便でも心穏やかにしてくつろげる場所にいることは、
どんな特効薬よりも、良い治療になっていると思います。
希望の杜を通じて何人かの在宅の患者さんと接する機会がありましたが、病気を持っているとは思えないほど
みなさん顔色もよく、素敵な笑顔をされます。
私は夕張が好きです。その大好きな夕張の歴史を作ってきたご老人達を支えている、希望の杜が好きです。


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この方も褥瘡が悪化。震災の影響はあらゆるとことに出ていますが、
電気が使えない、診療所が流されてしまった、そういう状況になり、被災地医療の新しいモデルが生まれ
あらためて在宅診療が見直されてきています。
私も白い施設に囲まれて過ごすよりも、家族の笑顔に囲まれて過ごしたいです。
親だけではなく、いつかは自分自信のことになりますので、人事ではありません。



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三日間の医療支援活動を終え、お世話になったJRSの皆さんにご挨拶をし 




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少し、気仙沼を歩きました。



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気仙沼市の鹿折には打ち上げられたままの巨大な船 全長約60メートルの「第18共徳丸」(総トン数約330トン)が。




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リトちゃん(11才)に三日間の感想をきいてみました。
「TVとかで写ってないところを見て、まだ全然片付いてないところも沢山あって
早くきれいになって、もし人が住める様になったら 沢山の人が住んでいけるといいなと思いました。
子供が遊んでいたようなおもちゃがあったりとか、普通に家の中にあるようなものが色々外に散らばっていて
結構大事なものとかもいろんなところにあると思うので、そういうものを探している物が早く見つかればいいなと思います。
TVで写ってないところも沢山あるので、本当に来てみないと分からないことが色々あるんだなと思いました。
復興に向け、出来ることを協力して行きたいです。」



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またこの場所に訪れた時は、笑顔で同じ道を歩きたい。




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2012年 被災地のみなさんが良い年を迎えれますように



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夕張希望の杜・NPO支える医療研究所の被災地支援活動はまだまだ続きます。
現在は藤沢病院の後方支援を終え、災害ボランティアとして夕張から東北へ沢山旅立っています

今回TV取材で同行された阿部幹雄さんのMIKIOジャーナルで放送された回がインターネットで見ることが出来ます。
http://www.htb.co.jp/mikio_journal/newsvod/1108/m_journal110811.asx 
(クリックするとはじまります)


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帰りの飛行機から見る夕暮れが美しかった
7月13~16日、7月29日~31日と2回被災地へ行き、沢山学ぶことがありました。沢山勇気をもらいました。
旅立つ前は、ああしよう、こうしようと考えていたものの、現地に立つと何も出来ない自分がいました。
伝えきれないことも山ほどあります。言葉足らずで申し訳ないです。
また東北へ訪れたいです。TVやネットの情報だけでなく、自分の目で耳で匂いを嗅いで触れて体験してきたものが
変わっているのか確認したい。そしてまた自分が出来ることを見つけれればなと思います。



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被災地へ行く機会を作って下さった夕張希望の杜のみなさま、支える医療研究所へ寄付して下さっているみなさま
支援活動に協力させてもらった藤沢病院のみなさま、JRSのみなさま、東北で出会ったみなさま、
ありがとうございました。



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細く、長く、ゆるく 続けよう。


写真活動において自分にとって、とても良い一年となりました。支えてくれた方々のお陰です。
2011年の更新はこれで最後となります。年賀状とか大掃除とか全く出来てないまま、今日も夕張へ行ってきます!
ずっと駆け足の年でしたが、別れもあったけど、それ以上の素晴らしい出会いが多かったです。
来年もほどほどに頑張ります。なまあたたかく応援して下さい!

よいおとしを♥

beni


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-12-31 05:57 | 夕張
2011 ~支える医療研究所支援報告~②
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2011年7月30日(土)
気仙沼では工事関係者の方が多く宿泊されており満室で、前日は一関の宿を利用してました。一関から気仙沼へ向かい
気仙沼に入ったはいいのですが、道路は震災で崩壊していて、カーナビ通りに進めません。
復旧作業をされてる工事関係者の方に道を聞きつつ進みます。大変な作業が毎日続く中、
明るくピースしてきたり気さくに話てくれる作業員の皆さんに、朝から笑顔がこぼれます。


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二日目からは気仙沼巡回療養支援隊JRSの医療支援活動のお手伝いです。
JRSはイオン気仙沼店駐車場のトレーラーハウスを置き、義援金で運営されてるボランティア組織です。
気仙沼市は元々、全国平均に比べて在宅看取り率が低い在宅医療の“未開拓地域”ですが、
震災の影響で病院も壊滅してしまい在宅医療ニーズが急増。そこで地元の医師と在宅医療の専門医がJRSを立ち上がりました
村上先生と一緒に写真に写っております、気仙沼で最も在宅患者を抱えていた村岡外科クリニック院長の
村岡正朗先生の診療所も水没してしまいました。
(現在JRSは高齢者への震災の影響が大方落ち着いてきたこと、地元の医療機関が力を取り戻してきたということで、
8月31日に活動を終え、9月29日に解散式が行われております)


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東北の道は狭くてカーブも多いのですが、皆さん慣れているのかスピード出しています。
北海道の広い道路に慣れてしまっていて、すれ違うのに気を使いました。このトンネルにはびっくりしました!



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この日は3件の巡回診療です。TV局2社も同行だったので、許可のとれたお家だけの撮影です。




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3月11日震災が起きた時間は、丁度ご飯時間だったりで、電動ベットが起き上がった状態の家庭が多かったとか
停電で電動ベッドが動かせず、起きたままの状態で数日を過ごして褥瘡(床ずれ)が悪化した患者さんが沢山いたそうです



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在宅診療を利用するというのは今までなく、震災があってからはじめてうけてみて、
栄養士さんや看護師さんのおかげで本当に助かっています。と、ご家族の方が語られてました。




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「あちこちに管通されて病院にいたり、俺の顔見るより、母さんの顔見れる方がいいっしょ」
「んだ 最後まで うちさいた方がいい」



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みなさんで食べてと
お母さんが作ってくれた焼きおにぎり
すっごく美味しかった。
どうやって作るのか
レシピ知りたくなるほど
本当に美味しかった。
あの味は今でも忘れられない。



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お母さんの介護を13年している娘さん 地震が起きた時はお母さんをガードするように守ったそうです
口腔ケアをきちんとすることで、肺炎が4割減り、脳卒中も減る事がわかってます。
娘さんは素人ながらも口腔ケアをきちんとしていて、先生も関心されてました。

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震災前に治りかけていた床ずれが悪化してしまい、可哀想と泣きながら心配している娘さんを、
村上先生が優しく介護のアドバイスをしてゆきます。



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東北のみなさんはとても我慢強い方が多いです
ときに疲れることもあると思います
そんなとき、
介護を続けるご家族が少しでも休めるように、
患者さんだけではなく、
そのご家族も支えてゆくのが在宅医療です。




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訪れたお宅でごちそうになった菓子舗うつみ かりんとうまんじゅうがとても美味しかったので
巡回診療を終えてから、北海道へのお土産に買いに行きました。


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震災復興最中(もなか)というのも売ってました。
気仙沼の人々は明るく、前に前に歩き続けています。みなさんの笑顔に元気をもらいました。



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この日は気仙沼へ泊まることが出来ました。窓からは港の夜景が見えます。
以前はもっと明かりがあったことでしょう。力を合わせ、みんなでこの景色に沢山の明かりを灯らせたい
そう思いながら 二日目の夜が過ぎて行きました。

2011 ~支える医療研究所支援報告~③ へ続く


撮影 2011年7月30日
camera:Nikon D40



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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-12-31 02:50 | 夕張
2011 ~支える医療研究所支援報告①~
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2011年もあと1日で終わります。うれしいこと、かなしいこと、この一年間いろいろなことがありました。
中でも3月11日 東北地方太平洋沖地震は一生忘れれない、忘れたくない、忘れてはいけない出来事です。
夕張希望の杜のNPO支える医療研究所での広報として7月13~16日、7月29~31日と被災地入りしました
Twitterや夕張での支援報告会の方では報告をさせてもらってましたが、ブログの方ではまだでしたので
今年最後の更新は、その報告をしたいと思います。

7月13~16日に被災地入りした回はこちらをごらんください。
オムソーリの心[ 2011-07-29更新 ]
おもてなしの心[ 2011-08-19更新 ]
希望の芽[ 2011-10-11 更新 ]
奇跡のちから[ 2011-11-11更新 ]


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7月29日(金)新千歳空港
夕張希望の杜の理事長、村上智彦医師、事務担当の須藤彩子さん、子供首席研究員の須藤リトちゃん(11歳)と私の4名
被災地の状況は刻々と変わっており、医療関係者だけではなく、現地の状況を様々な視点で記憶に残し伝えていくことが目的。
この活動は沢山の方の支援で行われております。支える医療研究所へ寄付されている皆様へ報告のための広報活動でもあります。
ビデオジャーナリストの阿部幹雄さんもTVの取材で3日間同行。5名で岩手花巻空港へ飛び立ちました。


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岩手県上空 田園が美しい。災害にあった場所と遭わなかった場所の境が物凄くはっきりしており、
同じ東北にいても、その境にいくまでは、本当に災害があったのだろうか?と思うほど、穏やかな景色が広がっています


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AM11:30 いわて花巻空港 到着
初日は移動日なので医療支援活動はありません。一関の宿にチェックインしてから、被災地の現状を見るため車を走らせました。
支える医療研究所は3月から、細く・長く・ゆるく、支援活動を続けてゆくために、花巻空港に希望の杜の車が置いてあります


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PM15:40 陸前高田市



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おびただしい数の流された車に言葉を失います




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村上先生は3月26日から4日間、医療支援のために被災地入りしてます。
その頃に比べると大分片付いたとは言ってましたが、瓦礫が撤去された。というだけで、現状はほとんど変わってません。



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マイヤ高田店というスーパーの建物が、かろうじて残ってました。



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店内のエスカレーターがこういう状況になってしまうなんて 考えられない信じられない



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猫が走り抜けました 震災を逃れた猫・・周りの民家はすべて流されてしまってます
無事に生きていってほしいと願う。



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ノートが落ちていました。スーパーで売られていたものかと思ったら、中には文字が書かれていました



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希望のこいのぼり
高田のマイヤは来年2月に陸前高田市米崎町に新店舗を出す予定。少しずつ復興へ向け前に進んでいます。



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高田病院
一番上の屋上にあるポールにしがみつき、首まで津波に浸かりながらも助かった方がいるそうです。
目の前にあるあれだけ高い建物の屋上にまで津波が・・物凄い恐ろしくなりました。



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震災を逃れ、一本だけ残った 希望の松 
この末は根腐れにより、残念ながら枯死を避けれない状況らしいですが、
この希望の松を後世に残すため、接ぎ木、挿し木、組織培養などクローン増殖による育成を4月からし、
接ぎ木から3本のクローン苗、種子から18本の実生苗を得ることができ、合計22本の苗木の育成に成功したそうです。
この強い血を受け継いだ松により、新たな美しい景色が蘇るといいですね。


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一関市藤沢町の藤沢病院では、壊滅した病院の支援をするため、震災から忙しい日々を送っているとのことで、
後方支援として藤沢病院へ、夕張希望の杜から沢山のお医者さんや看護師さんが支援に行かれました。
藤沢病院は地域医療最先端の病院。この日は村上先生のお師匠さまである佐藤元美先生とお会いすることが出来ました。
村上先生がとても緊張していたのが印象的でした。

2011 ~支える医療研究所支援報告~② へ続く


撮影 2011年7月29日
camera:Nikon F3 Nikon D40


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-12-30 23:53 | 夕張
ゆうばりの朝
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カーテンを開けるとそこは 銀世界だった。




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撮影: 12月4日 夕張
camera:Nikon D7000
lens:TOKINA AT-X 116 PRO DX 11-16mm F2.8
AF-S NIKKOR 50mm 1:1.8G



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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-12-08 00:10 | 夕張
光と影 -フロッグロード-
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光と 影。


撮影:10月17日 夕張市本町
camera:Nikon D7000
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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-11-17 00:51 | 夕張
おもてなしの心
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岩手県藤沢町の町を歩いていると、いたるところに埴輪が置かれているのが目に入ります。



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人気のキャラ物や



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謎のいきもの



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『炎』と書かれた幕も飾ってあります。
一関駅からタクシーで藤沢へ来た時に、運転手さんに「この炎ってなんですか?」と聞いたら、分からない。と言われるし(笑)



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来ていきなり早々、謎が深まる。



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藤沢町では縄文時代の遺跡が沢山出土していて、その縄文時代の野焼きを再現した『藤沢野焼祭』というお祭りが毎年8月に開催
今年で36年も続いてます。このお祭りを町の人々はとても楽しみにしていて、
各家庭で何ヶ月も前から土をこねて作った作品を持ち寄り、14基の窯で焼きます。
会場となる藤沢中学校は「特設縄文村」と名が変わり、グラウンドが赤々と燃え盛るらしい


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そのお祭りで作った埴輪を玄関に飾っているんですね。待合場にも人の身長を超えるものが。色々個性あって面白い。


d0140869_036113.jpg今から21年前、故・岡本太郎が藤沢に訪れた際、
藤沢野焼祭の炎の燃え上がる壮大さに興奮し、
それにも増して、町民の方々が本当に嬉しそうに
一生懸命、かつ無条件で生き生きと
祭りを盛り上げている熱気
に感動し、
1日だけ貸す予定だったブロンズ彫刻
「縄文人」を藤沢町に寄贈したそうです。
それからというもの、岡本太郎ばりの
個性的な埴輪を作る人が増えだしたとか。

2009年に発足された、住民有志による
藤沢町民病院を支える会や医師会の方々は、
地域住民、医療者、行政をこの野焼き祭りを通して
コミュニケーションをはかろうと、
全国の地域医療に関心のある方々を対象に
昨年から“藤沢地域医療セミナー”を開催しています。
3日間にわたり、セミナーやワークショップ
地域医療懇談会、施設見学や町内視察など。

全国で医師不足が深刻化する中、
こうした積極的な取り組みを町民が自ら
医師が住みたい町にしようと取り組んでいることは
本当に素晴らしいことだと思います。



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私の母も定年を迎えてもまだ看護士として働いていますが、つくづく大変な仕事だと、子供の頃からいつも感じていました。
藤沢の人々が病院を想う姿勢を見ていると、私達の命を支えてくれるお医者さんや看護士さん達を
支えてゆくのは私達の役割なんだということを、今まで以上に強く感じるのです。

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他所から来た人を、あたたかく迎える おもてなしの心を大切にしている藤沢町


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町づくりの基本は、この地を愛する町の人々が手を取り合い一丸となって楽しむこと。
町の人々が楽しく生き生きしていれば、岡本太郎氏が魅了されたように、お金をかけて広告を出さなくても
クチコミで他市から人が集まってきます。なので、町の人がバラバラの気持ちではいけないんだなあ。



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藤沢には他にも、隠れキリシタンの歴史があります。
その昔、藤沢町大籠の一帯は、たたら製鉄を行う地として栄えていました。技術者として千松大八郎、小八郎兄弟を
製鉄の指導者として招いた結果、仙台領きっての製鉄産地になり大籠の暮らしを豊かにしました。
製鉄技術の指導の傍ら、熱心なキリシタン信者だった彼らは、とう屋で働く人々にキリスト教を説いて信者が増えて行きます。
やがて徳川幕府より異端視され、伊達政宗の没後、幕府のキリシタン取締りが厳しくなり、次々と信者が処刑されました


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大籠地区にはキリシタン遺跡があちこちにあります。その真中に建てられたのが大籠キリスト教会で、
この教会は弾圧により殉教した300余名の信者の霊を弔うため、1952年に建立されました。
この地でのキリシタンは全ていなくなったとされているので、大籠キリスト教会で礼拝する方は今はいないそうです。


d0140869_202052.jpg深い山林が縦に続く藤沢の地形は
キリシタンが隠れる場所としても
良かったそうで、弾圧後も
ミサを続けていました。
そのミサを行った洞窟は350年後に発見され今も残っています。
今回は時間の関係で資料館しか
見れなかったですが、
どんなに悲しい歴史でも
その歴史があるからこそ今を生きてます。大切な歴史は語り継がれ、
残していって欲しいなと思いました。

たたら製鉄が栄えていた名残
鉄を作るときに出来る不純物
“かなくそ”が道に落ちていました。
思い出に貰ってきました。





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まるで北海道のような景色ですが、館ヶ森(たてがもり)アーク牧場という、農業を体験したり、美味しいグルメも堪能出来る場所。
地産地消に力を入れる藤沢町では畜産や野菜栽培が盛んに行われております。
このアーク牧場でハーブを食べさせた高原豚は臭みがなく美味しい。
ここで作られているハム・ソーセージはドイツ食肉製品コンテストで金・銀・銅賞を総なめにするほどです。
北海道にも美味しいソーセージはありますが負けてません。豚肉、ソーセージ共に食べましたが、本気で美味しいです。
無添加・低添加で体にも安心です。機会がありましたら、是非お取り寄せしてみて下さい。http://www.arkfarm.co.jp/shop/
私の今年のお歳暮はこれにキマリでございます。


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そしてなんとも私が一番驚いたのは、SHOEIの工場があるということです・・
1992年あたりにアイルトン・セナがレースで使用していたメットは、藤沢のおばちゃんがカラーしたんです!(笑)
カーレースやカートに昔携わっていたので、それ聞いた時にはビックリしすぎて身震いすら覚えましたねw
藤沢スポーツランドでは、全日本モトクロス選手権を開催してます。
みんなのSHOEIや地域医療・・小さな町なのに色んな凄いものが生み出されていることを知れて来れた事、嬉しく思います。


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まだまだ紹介しきれないほどの
魅力が藤沢にはあります。
こうした町の魅力を伝えてくれたのは
宿として利用させてもらった、観樂樓(かんらくろう)のご主人のお陰です。
ご主人の静雄さんは藤沢町の議会議員。藤沢町民病院を支える会にも入っていて、ボランティアで観光案内もされています。



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宿は昔ながらの懐かしい佇まいで、疲れた体を癒す憩いの空間。




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庭で作られた野菜や、とれたての新鮮な魚を使った手料理は
少食の人なら食べきれないほどの量が出てきますが、とても美味しくて
100アールの面積の自慢の庭もお花でいっぱい。朝は産みたての卵を出してくれます。




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囲炉裏もあるんです。冬に訪れてみたいですね。




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夕張希望の杜から、横田副院長は3週間、理事の辻さんは2週間と長く被災地にて支援活動をしておりました。



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活動は毎日大変だったようですが、この宿に戻るとホッと一息つけていたようです。



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私が北海道へ帰る時も、暑い中バス停までいらしてくれて、見送ってくれました。
こうした町の人々の思いやりある、おもてなしの心づかいは、私達の心を癒してくれました。
家族のことまで考えてくれる病院がある。その病院を守ろうとしてくれている町の人々がいる。
寄り添いあい信頼しあって生まれた絆が、地域医療を発展させ、働きたい、住みたいと感じる町になるのだなと思いました。

藤沢では、月1で素晴らしい内容の情報誌を発行してます。2008年12月に発行された“藤沢の医療”という冊子は
苦節の時代を通して、医療過疎だった町に病院が出来、黒字経営にまでたどり着いた歴史などとても分かりやすく書かれています。
藤沢町は、来月9月に一関市と合併してしまいます。この情報誌ふじさわの発行も残りわずかとなりました。
是非、ご一読してみてください(PDFです)
http://www.town.fujisawa.iwate.jp/kohou/08/2012.pdf

次回は、気仙沼の町のことをお送りします。



撮影:岩手県藤沢町
camera:Nikon F3
lens :Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
Film:FUJICOLOR 100


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-08-19 22:39 | 東北
オムソーリの心
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7月14日~16日の間岩手県へ、夕張希望の杜 NPOささえる医療研究所の広報として向かいました。
これから少しずつゆっくりと継続した支援を行うため、正しい情報を得て伝えれるように
実際に足を運び状況を見て、町の人々の声を聞き、歴史を学び、その町を知ることからスタートさせました。


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岩手県内陸にある藤沢町は人口9,124人(2011年7月)で、65歳以上の高齢者の占める割合は30%を超えています。
ちなみに夕張は人口10,738人で、高齢化率は40%超えです。
地域色の違いはかなりありますが、これから更に増えて行く少子高齢化問題は夕張だけではなく日本全体の問題なので、
その問題を受け入れ共にしていく町のあり方を、崩壊寸前だった地域医療を立て直し黒字経営に導いた
藤沢町民病院、行政、町民それぞれの声を、短い期間でしたが聞いてきました。


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町を沢山歩くと、ファインダーを通してその町の人や生活が見えてきます。



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スレートの瓦屋根。北海道で瓦はほとんど見かけません。竹林も無いのでとても珍しくて写真に撮ってしまいます。
東京駅や北海道庁旧本庁舎の屋根は、このウロコのようなスレートを使っているのですが、
石巻市の文化財修理業者が保管していた天然のスレートが津波で影響で倉庫が流されてしまいました。
しかし従業員が手作業で泥を洗い流して4万枚を出荷したものが、東京駅丸の内駅舎のドーム型屋根で使われる事になりました。


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山林に囲まれた町はどこか懐かしげで、穏やかな暮らしを感じさせます。




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タクシーに乗ったら、「今朝、役場で写真撮ってたしょ?」と言われました。
かなりウロウロしていたので目立っていたかもしれません。
うねる道の上の標識には、藤沢町役場と藤沢町民病院の名が。
藤沢では、役場と病院、介護老人施設、特別養護老人ホームなどが同じ敷地内に並んでいます。

この町にはかつて、佐藤光栄医師が開業する高金医院がありました。医師不足のために県立藤沢病院が廃止された昭和43年から、
佐藤光栄医師は総合医として睡眠時間を削ってでも住民のために献身的に医療活動をし、無理がたたったのか、
昭和62年にガンで69歳に天へ召されました。
信頼を寄せていた佐藤光栄医師が他界し、病院がなくなった住民は一日がかりで他の町の病院へ通い、
亡くなった人の半数以上が他所の病院で、自分の住み慣れて好きな場所で最後を迎えることが出来ない状態になってしまいました
最後まで暮らせる町でなければ本当の故郷とは言えない。と、前佐藤守町長は、政治生命をかけて町立病院の建設に力をいれます。
建設から開業まで、想像以上のただならぬ努力をしてきました。


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そして、県立病院がなくなってから25年の歳月が経ち、安心して暮らせるための町民病院が開業できました。
かいつまんでお話しさせてもらっているので全てをお話は出来ていませんが、
とにかく住む人々、行政、医師、それぞれが幾多の試練や苦労を乗り越えてきたからこそ、
今、安心して暮らせるやさしい町づくりに自信と誇りを持っていれているのが、藤沢町です。
地域医療の先進地なのは、そうした歴史の中で生まれた住民ひとりひとりの
病院の大切さを感じている意識の高さが、とても関係していると思われます。


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今回お世話になった民宿観樂樓の佐藤静雄さんに案内してもらい、藤沢町役場の見学をさせてもらいました。
昔ながらの佇まいで昭和初期にタイムスリップしたかのようです。
なんでも箱物を立てて地域の首を締めることは、ここではしません。「古くても使えるものは最後まで使うんだよ」
新しければいいというものではない、大きければいいというものでもないんですね。


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藤沢の町長さんと、少しですがお話をさせてもらうことが出来ました。



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藤沢町長 畠山 博さん

地域の事は地域に住む住民が決め、自ら暮らす地域の未来に責任を持ち、
住民と行政が対等の立場でいる町づくりが長く築かれていることに誇りを持っているそうです。
藤沢の病院では17年間黒字経営なのですが、そのお話もしました。
支えあい喜びあえる福祉の里づくりにおいて医師確保は町の最重要課題であり、在宅医療も積極的に推進しており、
住民一人ひとりが生きる喜びや幸せを実感出来る、やさしい地域社会を作ることを大切にしている
そのためには、オムソーリの心を持つことが大切。
オムソーリとはスウェーデン語で、分かち合いという意味。
スウェーデンは福祉大国。痛みを分かち合い、相手を思いやる。
住民がこの地域や病院を守り創ってゆくことが次代に対して私たちの責任であると話されていました。

地域医療にとても意識が高いことに驚くと、
病院がなくなると困るから、意識が高くなるのは当たり前の事。驚くことではないと言われました。
藤沢には17年前から、地域ナイトスクールという、町民に情報を流して医療や病院への意見を交換する場があるそうです。
病院、町民、お互いを知る事は大切です。その二つの架け橋をしてゆくのも行政の役割であるのですね。


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お医者さんが働きたいと思える場所、町民が笑顔で暮らせる場所、どうすればそういう町づくりが出来るのか
藤沢という場所を通して、少しづつですが見えてきた気がします。
今日から又被災地へ広報のお仕事で向かいます。短い期間ですが頑張ってきます。
札幌に戻ってきたら、様々なイベントでバタバタしておりますが、次回は町の人と病院のことをお伝えしたいと思います。

少し急いで書きましたので誤字脱字文章の間違いありましたら、すいません。
では、行ってきます。

撮影:岩手県藤沢町
camera:Nikon F3
lens :Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
Film:FUJICOLOR 100

1、13~15枚目 Nikon D40


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-07-29 01:25 | 東北
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