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beniです。 フイルムカメラ(Nikon F3)で、北海道の昭和レトロな街を撮り歩いてます。twitterは@beni49、Facebookは本名でやってます
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石巻慕情
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石巻の街を少し歩いてみました。昨年5月のことです。
昔ながらの建造物が沢山残っていた石巻。ここにも2mの津波が押し寄せ、ほとんどが無くなってしまったようです。
瓦礫は撤去され空き地だらけになっていますが、見ていると、いい町並みだったのだろうなということが感じられます。復興に向けて営業を再開した店も沢山ありました。そしてわずかながらも自分の郷愁を思わせるものも残ってくれていたので、時間は限られていたのですがシャッターを切って歩きました。


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愛らしい後ろ姿で誰かわかっちゃう




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ここはマンガロード。漫画家、石ノ森章太郎が宮城県出身ということで、町おこしのために街のあちこちに漫画のキャラクターモニュメントが置かれてます。マンホールには石ノ森萬画館とロボコン。かわいいね^^石ノ森萬画館は今月3月23日リニューアルオープンします!



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ロボコンも3mの津波にのまれとは思えないほどピカピカ。
11体中、9体は奇跡的に致命的な破損を逃れたらしいけれど、キカイダーとシージェッターは流出してしまいました。
キカイダーは昨年、寄贈されて復活したそうです!見に行かないと~



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こちらは大正14年(1925)に建築された旧東北実業銀行石巻支店。
2階部分の円柱のディティールが美しいですね。




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観慶丸商店(かんけい丸) 昭和5年に建築されました。
交差点角地に建っており、3階建てで上の丸窓といい、角のラインが素晴らしく美しいですね。陶器を扱っていたので、外壁は陶器製のタイルを使用してるとか!屋根はスペイン瓦葺。なんと洋式でモダンでしょう。
1階部分は損傷受けてしまいましたが、昨年9月にその1階部分が「復興ステーション」として生まれ変わったそうです!^^


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創業大正11年のサルコヤというおもちゃ屋さん。




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サルコヤの由来は猿を飼ったことからついたそうです。詳しくはHPにてhttp://www.sarukoya.com/




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トウ!




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2mの津波が仮面ライダーを襲ったけれど、無傷でこのポーズをとっていたそうです。逞しいです
ここからは海も川も見えないのですけどね。。。



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趣ある建築が点々とがんばってます。





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石巻にゃんこ 道路の真ん中でノビノビ




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アラッ!!!?




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チョビン!!チョビンじゃないの!子供の頃大好きだったチョビン!w
この腕の星が欲しくて、親とデパートを探した事があるのです
星の腕輪なんておもちゃでも販売してないのだけど、駄々をこねて探した想い出がここで蘇るとは


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右側が、ことぶき町通り商店街。そのことぶき町通りを歩いていると・・・・





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なんとも妖艶なスポットが!石巻日活パールシネマです。
この場所は元々、吉田松陰という幕末の偉人の宿所跡で、それから酒蔵になり、芝居小屋になり、昭和30年に映画館としてスタートしました。現在のスタイルになったのは、30数年前からのようです。80歳を超えるオーナーさんがフイルムにこだわり、今でもロマンポルノの上映をしているとか。



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この石巻日活パールシネマ注目したいところは、スクリーンの大半が海水に浸かり泥まみれになったのに、震災から3ヶ月でスピード復活上映をしたそうです。84歳のオーナーは屋根に登って助かったのですが、すごいパワーだよね。
先日Upしたクラブハイツもそうだけど、男性の元気の源の灯火が消えるのは悲しいじゃない。それどころじゃないかもしれないけど、心を癒す空間はいろんな形で大切だと感じます。
こんな元気な84歳がいるなんて、うれしく感じた。


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「津波が来ようが地震が来ようが、映画の灯は消しませんよ。われわれには表現の自由が約束されてる。ポルノでもなんでも、懸命に表現している人たちのためにも、私はこの映画館を閉じません」(週刊ポスト2011年7月22・29日号)



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すごいなあ。強いな・・石巻の人達!!まだまだまだまだ完全復興までまだまだかかるけれど
いつも応援してる!いつも考えてるし。また必ず行くし!! 一緒にがんばっぺし!


撮影:宮城県石巻市 2012年5月6日
camera: Nikon F3, Nikon D7000


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2013-03-08 22:59 | 東北
石狩と雄勝で希望の一頁
2012年もあと数時間で終わろうとしております。仕事や写真活動が忙しくブログ更新が止まっておりましたが、
今年一番思い出深かった、石巻市雄勝町でのことを最後に書いて締めくくります。

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5月3日、石狩思いやりの心届け隊(IOK)とサーモンファイタールイベチーム(SFT)のメンバー、
総勢36名で宮城県石巻市雄勝町のイベントのため向かいました。悪天候によりフェリーが遅延し、
急遽夜行列車で直立の座席で睡眠を取りながらの移動というハプニングもありましたが・・・なんとか全員が開演までには到着。


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5月ということもあり、あちこちに鯉のぼりが泳いでましたが、この場所には青いこいのぼりだけが泳いでます。
「青い鯉のぼりプロジェクト」。
津波で亡くなった弟のために、お兄さんが瓦礫の中から2週間後に出てきた青いこいのぼりを掲げました。
年々青いこいのぼりの数は増え、子供の日には沢山のこいのぼりが希望へ向かって泳いでいます


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日和山公園。石巻もまだまだ瓦礫が多く、胸が苦しくなるような景色が続きます。少しは復興が進んでいるのかなと思いきや、
実際来てみると何も変わってないことの方が多い。そんな光景を見て、はじめて被災地へ訪れたメンバーも言葉を失っていました


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門脇小学校の児童は全員避難しており無事でした。




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花は咲く



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雄勝町へ到着。震災後ライフラインがまだ復活してない時からずーっと、
石狩JCの皆さんや石狩思いやりの心届け隊の熊谷雅之さんが取りまとめ、ボランティアで復興のお手伝いをし続けてきました。
その繋がりもあり、各地に散らばってしまった子供達が再び集まり、笑顔を見せてくれるようなイベントを。と、
今回は雄勝の仮設商店街からの依頼があり、北海道石狩からサーモンファイタールイベショーを開催しに来ました。

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雄勝総合支所は4階建てなのですが、3階まで津波が押し寄せたそうです。。
震災前は4300人の人が生活しておりましたが、現在この場所は居住区域から外されてます


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東京駅の屋根などにも使用されている雄勝石、雄勝すずりや雄勝法印神楽などの文化も盛んでした。
泥まみれになった雄勝石も綺麗に洗い再利用されてます。北海道ではあまり見かけませんが、外壁や屋根のスレートとしても。


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いつかまたこの地に沢山の笑い声が響く日が来ることを願い



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ルイベが子供達のもとへ



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北海道からの物産もお安く提供!売上は全て寄付へ。



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YOSAKOIソーランチーム石狩朱華弁天の皆さんも駆け、カッコイイ演舞から笑える踊りなど披露してくれました!

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雄勝の仮設住宅に住むお母さん達が、魚網の補修糸を使って作っているマザーミサンガ。
ライジングサンの東北支援ブースでも販売しており、すぐ完売してしまうほど人気。


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マザーミサンガを付けたサーモンファイタールイベに力が宿り



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悪の密漁組織ナマラーを倒す!!



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雄勝のみなさんにも友情出演してもらいました!トラ男側に逆噴射する予定のバズーカが・・・
生身のきよし達に直撃させるというハプニング?ミス?(笑)もありましたがー!w

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楽しんでもらえたようで、嬉しい^^



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雄勝の書道師、畑山修賢さんから素晴らしい書をいただきました!「石狩と雄勝で希望の一頁」
ありがとうございます!!


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祭りのあとは、ちょっぴり寂しい・・・・ 雄勝のみなさんも、石狩のみなさんも、みんな嬉しくて、感動して 号泣。


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また絶対来ます!雄勝に!忘れない!東北!



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祭りの片付けが終わり、帰ろうとしたら雄勝のみなさんがアーチを作って待っていました。。。
このブログは写真が多くて見るの大変だと思いますが、最後まで頑張ってスクロールして見て下さい!

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こんなにステキな笑顔、もう涙を流させたくない。一人の力は小さいけれど、皆で集まれば大きな力になります
少しでも早い復興が出来ますよう、石狩思いやりの心届け隊は来年も全力で東北を応援します。
一人でも多くの人が東北に足を運び、商店に活気を与えてくれると嬉しいです。

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11月18日、石狩思いやりの心届け隊へ、おがつ復興市実行委員会から感謝状が届きました。
石狩思いやりの心届け隊の活動は全てYOUTUBEで見れます。
Sunset Studioの成田優さんが全てボランティアで作成してくれました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PL1557B87EFAC6FE05


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がんばっぺし!

本年は辛いこと、楽しいこと、嬉しいこと、いろいろなことがありました。
私は、自分だけが満足する写真が撮りたいのではなく、
一人でもいいから、自分の写真を見て幸せな気持ちになってくれることが目標であり、そのために写真をやってます。
普通のカメラマンとは違う方向性や行動で戸惑う人も多くいますが、そのスタンスは絶対変えることはありません。
こんなわたくしですが、沢山の方のご縁で穏やかなお正月を迎えれること、感謝いたします。1年間ありがとうございました。
2013年も更新はたまにしか出来ないかもしれませんが(笑)、生あたたかく見守っていただけると嬉しいです。
では~ 良いお年を!!
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Top▲ | by benyanco-ltd | 2012-12-31 22:54 | 東北
サーモンファイタールイベ石巻へ!~石狩思いやりの心届け隊が行く~
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石狩商工会議所青年部の有志の方々がつくられた、石狩思いやりの心届け隊の皆さんと、
今日5月3日から石巻市雄勝町へ行ってきます。
3.11からの息の長い支援をしていこうと、石狩思いやりの心届け隊は、この一年間コツコツと被災地支援を続けて参りました。
思いやり心届け隊をはじめとする石狩市民の方々が雄勝町の皆さんと連帯を組んできた事もあり、
北海道石狩市より多くの方にお越し頂き、被災した雄勝町と交流を作り、
活気ある雄勝町復興へ繋げてほしい、震災から一年が過ぎ、まだまだ多くの子供達が雄勝町を離れているため、
子供達に笑顔と元気ある雄勝町を見せて欲しい。と現地からの要望をうけたためです。
石狩からルイベが他の町へ行くのは初。今回のサーモンファイターショーは、
震災にあわれた皆様との絆が結んだ特別なショーとなります。

私は数年前からサーモンファイターを応援しており、ブログなどでも紹介していました。


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2007年 第44回石狩しゃけまつり http://benyanco.blog53.fc2.com/blog-entry-379.html


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2008年 第2回寒中石狩屋台村 http://beni4649.blog98.fc2.com/blog-entry-39.html


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2008年 第45回石狩さけまつり http://beni4649.blog98.fc2.com/blog-entry-184.html


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2009年 第46回石狩さけまつり http://benyan.exblog.jp/10277738/


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2010年 第47回石狩さけまつり


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2012年 第5回 寒中石狩屋台村



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2012年 リフォームフェスタ

2011年は忙しくて撮影には伺えなかったのですが、ブログにはUPしてないけど行ってましたw
なので大夕張同様、サーモンファイターとは長い付き合いで
JCの皆様とも、お祭りの時だけ顔を少し合わせたりブログでご挨拶しあっていましたが、
今年に入ってから石狩のイベントで石巻の【希望のかんづめ】が売られてて、支援を続けてきたということを初めて知ることに・・


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宮城県石巻市 木ノ屋石巻水産「希望の缶詰」詳細はこちら http://kibounowa.jp/seisan-kinoya.html

以前からここの会社の缶詰を食べてみたいと思ってはいたものの、震災があってから手に入れれる事が出来ずにいました
それが、まさか石狩にあるとは!!

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聞きますと、ずっと支援を続けてきてたとのこと・・
サーモンファイターを続けてゆくことの大変さもある中、支援をと活動されているJCの皆さんに心打たれまして
わたくしも何かお手伝い出来ないかと、今回このプロジェクトにて撮影班として同行させてもらうことになりました。
永く個人的に、そして一方的に愛して応援(笑)し続けていたサーモンファイターの専属カメラマンになれて嬉しいです。

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ルイベのショーで



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子供たちが



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喜んでくれるといいな。

雄勝へは総勢36名が向かいます。キャストだけでも15名ほどいるので(ショッカーだけでもいっぱい必要だからねw)
昨日2日は先発隊が向かいました。苫小牧からフェリーで行く予定が低気圧のため欠航となり、急遽、函館からフェリーで
無事、雄勝へ到着したそうです。私達が行くフェリーも遅延となったので、今夜10時発の、はまなすで向かいます。
寝台ではないので雄勝まで寝れないと思いますが(笑)そんな交通障害も楽しみつつ、事故に合わないように現地へ行ってきます!
ボランティア活動としては、昨年の8月から9ヶ月ぶりなので、現在の状況を確かめてきます。
メディアの情報だけでなく、自分の目で、肌で感じたいのです。
5日までは石狩の皆さんと一緒ですが、6、7日は個人的に思い入れのある場所へ、撮影に向かいます。
北海道へ帰ってくるのは8日午前中になります。


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では、サーモンファイタールイベ!いざ!雄勝へ!!いってきます~~



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2012年4月21日(土曜日)付 北海道新聞(石狩当別版)にて




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Top▲ | by benyanco-ltd | 2012-05-03 16:29 | 東北
奇跡のちから
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今日で震災から8ヶ月が経ちますが、気仙沼は未だ瓦礫や震災の傷痕が残っていると聞きます。
7月に訪れた時の記憶は今でも鮮明に残っています。絶対忘れはしませんが、
人間ですから日にちが経てば経つほど、細かい記憶は徐々に薄れてゆきます。

宮城県の石巻に住むお友達が言ってました。

いま被災地で一番心配していることは
被災地を忘れ去られることです
友人などに「何をしたらいいの?」と尋ねられることがあるのですが
そのときには「一日一回、被災地のコトを思って欲しい」と伝えています。


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生活を支えるため働く日々で、復興に向けて大きな行動を起こすことが不可能な人も多いです
遠く離れて過ごす私達に今出来ることは


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一日一回、被災地のコトを思うこと。



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7月、岩手の藤沢町へ被災地支援の活動をしに来ていた夕張希望の杜の辻さんが
ボランティアで被災した家の清掃をしている最中に目に雑菌が入ってしまい、急遽治療しに病院へ行くことに。
辻さんが病院へ行っている間、移動手段が無い私を気仙沼まで送ってくれたのも、石巻のお友達でした。
撮影も付き合って案内してくれました。信号も無く道も分からない状況でもし一人だったら
心が押しつぶされていたと思うので 友のありがたさをとても感じた瞬間でした。


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案内してもらいながら気仙沼の街を歩いていました。
趣ある商店の前を通りすぎた時、視線を感じて見た先には・・




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お店の事務所の棚にスッポリはまっている一匹の猫がこちらを見てました。

写真撮っていたらお店の方がいらして、この猫の話をしてくれました。
名前は、くーちゃん。お子さんが空手を習っているからということで付けたとのこと。
3月11日、くーちゃんは同じようにこの場所で紐で繋がれてました。
そして津波が襲ってきた時、繋がれていたので動くことが出来なかったのです。。。
でもそのお陰でその場で浮いていた家具に乗っかり、難を逃れ生存できたとのこと。
もしつながれていなかったら、逃げまわって津波に飲み込まれていたかもしれません・・そう思うと、まさに奇跡の猫です。
「震災を逃れた猫なんだよ~♪」嬉しそうに話す飼い主のおばちゃんの笑顔を見ていると、
こちらも嬉しくてたまらなくなりました。

たった1時間ほどの街撮りをしている中で
猛暑の中、冷たい茶を入れ、ひょうたんのおじいちゃんのお話をしてくれたお母さんに出会い、
奇跡の猫のくーちゃんにも出会い、気仙沼に来て、こんなに沢山の笑顔をもらえるなんて・・
がんばろう。私も被災地の皆さんに笑顔贈れるように、がんばらなきゃ!
ここに来るまで、自分に何が出来るのだろうとずっと不安でいっぱいで怖かった。
ここに来て、勇気を山ほどもらいました。元気をもらいました。

感謝でいっぱいです。この気持を形に出来るように、これからも長い支援を続けて行きます。


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くーちゃん、がんばったね。ありがとうね。また会おうね。


撮影:2011年7月14日 宮城県気仙沼


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-11-11 15:07 | 東北
希望の芽
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7月13日~16日の間、支える医療研究所の被災地支援報告のための撮影で被災地入りしました。
初日の13日は夕張希望の杜の辻理事長に案内してもらい、気仙沼と陸前高田の状況を見てきました。


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陸前高田は瓦礫がほとんど撤去された状態で更地になっていました。
大きな建物だけが数件残されていましたが、マンションの4階の高さまで津波が襲ってきたというのがわかります。。
その場に立つと、こんなに高い津波が襲ってきたなんて・・・と、TVの報道を見ているだけでは伝わらない恐怖を物凄く感じ、
もう、なにも言葉がでなくなる。カメラのシャッターも記録のために押さなきゃと、意識して押すのが精一杯で
構図だのなんだの考えれる心境ではなくなり 頭の中がカラッポになりました。



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この時4ヶ月が経ち、やっと瓦礫が撤去された状態。これから、どう復興していけばよいのか考えようと思っても難しい状況でしたが
復興には長い年月がかかるということを改めて強く感じ、長い支援をしてゆこうと思いました。
ゆっくりゆっくりとですが・・ あの鯉のぼりのように 希望に向かって空高く



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気仙沼はまだ瓦礫も沢山あり、復興へ向けての撤去作業があちこちで行われておりました。
さんま漁船を海に戻す作業をしています。海に戻されたこの第六十五新生丸は、
この時から約一ヶ月後の8月28日にさんまの初水揚げし、港が活気づきました。
震災3ヶ月半後にはカツオの初水揚げもされて、私が訪れたこの時期、とても美味しい気仙沼のカツオを頂くことができました。
カツオの水揚げ日本一を誇る気仙沼です。復興に向けての第一歩を感じれたことをとても嬉しく感じました。


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気仙沼の街の中は瓦礫だらけでヘドロの臭いもかなりしていますが、
ライフラインも復活しておりバスも運行。まだ信号は壊れたままなので、運転は慎重にしなければいけません。


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気仙沼の街の中を歩いてみます。



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歴史がありそうな趣ある建物もあり、とてもいい街並みだったということは震災後でも感じとれました



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バスの停留場です。お友達はこのバス停がとても好きで、震災前に私もここの存在を写真で見ていました



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奇跡的に時刻表は流されずにいたようです。お友達とも会えたかな。



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『気仙沼 GROUND ZERO ~風の広場~』
街の一角に大漁旗がなびいてて、綺麗に浮き玉などが並べられた場所がありました。
この時は地盤沈下による浸水で近づけなくて、何を意味していたものなのかは北海道へ帰ってネットで調べて分かったのですが
この場所に実家のあった方は弟さんを震災で亡くされ、瓦礫の中から大漁旗とガラス玉を取り出し川で洗って並べて
鎮魂と震災を風化させないために、グラウンドゼロという広場をここに作ったのだそうです。
6月11日には合同慰霊祭も行われました。


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創業90年の老舗のお茶やさん齊藤茶舗 お茶箱を干していました



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笑顔でいっぱい。




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種屋さんの店内に懐かしいものがありました。タイル貼りのタバコのショーウィンドウ。
タバコのパッケージで作った傘とか、懐かしいよね。ハイライトとセブンスター
北海道ではお店の中にタイルのショーウィンドウというのは見かけたことがなくて珍しいので
お店の方に許可を頂いて写真撮らせてもらっていたら、
「今、お茶入れるので上がっていって」と、冷たい麦茶をいれてくれました。


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この日はとても暑くて外の気温は30度を超えていて汗だくで撮影していたので
冷たいお茶を入れてくれたお店の方の優しい心づかいに生き返りました。



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「おじいちゃんがこういうの作るの得意でね、部屋の中にもいっぱいあるので見て行って下さい」
お茶をいただきながら部屋を見回すと、ひょうたんを乾燥させて色を塗り、とても緻密に絵を描いたものや、
可愛らしい造形のひょうたん細工が物凄い数天井からぶら下がっていて


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中には、気仙沼の景色が美しく描かれたものもあり。。
おじいちゃんは、震災の影響で体調を崩して亡くなれたそうです。
「これをどこかに展示したりとかしたかったんだけど、おじいちゃんが恥ずかしいから見せたくないって言っていたんです・・
でも私はいろんな人に見てもらいたいと思うんです。もしよろしかったら、見て行ってあげてください。」
本当に素晴らしい作品がいっぱいあって、素人さんが作ったとは思えないほど。



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宿へ戻る時間が迫っていたのであまり長くいれませんでしたが、
また必ず、おじいちゃんのひょうたんをちゃんと撮りに来なきゃ。
もし、気仙沼に行かれて この種苗やさんを見つけたら、おじいちゃんのひょうたん見に行ってみてくださいね。



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崩壊した家屋はまだあちこちに点在してましたが、日常の生活に戻ってきている街の様子に少しホッとしました。
しかしまだ余震も多かった時期です。心に刻まれた傷が癒えるにも長い時間がかかります。
でも気仙沼の街の人々は皆笑顔で元気いっぱい。いつまでも悲しんでいては前に進めないから



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時計は止まってしまったけど




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街は動きだしている 人の笑顔が溢れている




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希望の芽が咲きだしている




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着実に前に進んでいることを目に焼きつけ、そしてまだまだかかる復興までの長い道のりも実感し、
気仙沼の人々の強い気持ちに勇気をもらいました。自分が出来ることはちっぽけかもしれないけれど
少しずつ、ゆっくりと、長く、支援してゆくこと、3月11日に起きたことを風化させないことを胸に誓いました。

今日、10月11日で東日本大震災から7ヶ月が経ちました。
メディアでも取り上げられることが少なくなってきてますが、気仙沼はまだ陸の上の船も瓦礫もそのままと聞きます
忘れられるのが一番悲しい。わたしはだから絶対忘れない。




撮影:2011年7月14日、15日 陸前高田、気仙沼
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おもてなしの心
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岩手県藤沢町の町を歩いていると、いたるところに埴輪が置かれているのが目に入ります。



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人気のキャラ物や



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謎のいきもの



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『炎』と書かれた幕も飾ってあります。
一関駅からタクシーで藤沢へ来た時に、運転手さんに「この炎ってなんですか?」と聞いたら、分からない。と言われるし(笑)



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来ていきなり早々、謎が深まる。



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藤沢町では縄文時代の遺跡が沢山出土していて、その縄文時代の野焼きを再現した『藤沢野焼祭』というお祭りが毎年8月に開催
今年で36年も続いてます。このお祭りを町の人々はとても楽しみにしていて、
各家庭で何ヶ月も前から土をこねて作った作品を持ち寄り、14基の窯で焼きます。
会場となる藤沢中学校は「特設縄文村」と名が変わり、グラウンドが赤々と燃え盛るらしい


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そのお祭りで作った埴輪を玄関に飾っているんですね。待合場にも人の身長を超えるものが。色々個性あって面白い。


d0140869_036113.jpg今から21年前、故・岡本太郎が藤沢に訪れた際、
藤沢野焼祭の炎の燃え上がる壮大さに興奮し、
それにも増して、町民の方々が本当に嬉しそうに
一生懸命、かつ無条件で生き生きと
祭りを盛り上げている熱気
に感動し、
1日だけ貸す予定だったブロンズ彫刻
「縄文人」を藤沢町に寄贈したそうです。
それからというもの、岡本太郎ばりの
個性的な埴輪を作る人が増えだしたとか。

2009年に発足された、住民有志による
藤沢町民病院を支える会や医師会の方々は、
地域住民、医療者、行政をこの野焼き祭りを通して
コミュニケーションをはかろうと、
全国の地域医療に関心のある方々を対象に
昨年から“藤沢地域医療セミナー”を開催しています。
3日間にわたり、セミナーやワークショップ
地域医療懇談会、施設見学や町内視察など。

全国で医師不足が深刻化する中、
こうした積極的な取り組みを町民が自ら
医師が住みたい町にしようと取り組んでいることは
本当に素晴らしいことだと思います。



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私の母も定年を迎えてもまだ看護士として働いていますが、つくづく大変な仕事だと、子供の頃からいつも感じていました。
藤沢の人々が病院を想う姿勢を見ていると、私達の命を支えてくれるお医者さんや看護士さん達を
支えてゆくのは私達の役割なんだということを、今まで以上に強く感じるのです。

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他所から来た人を、あたたかく迎える おもてなしの心を大切にしている藤沢町


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町づくりの基本は、この地を愛する町の人々が手を取り合い一丸となって楽しむこと。
町の人々が楽しく生き生きしていれば、岡本太郎氏が魅了されたように、お金をかけて広告を出さなくても
クチコミで他市から人が集まってきます。なので、町の人がバラバラの気持ちではいけないんだなあ。



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藤沢には他にも、隠れキリシタンの歴史があります。
その昔、藤沢町大籠の一帯は、たたら製鉄を行う地として栄えていました。技術者として千松大八郎、小八郎兄弟を
製鉄の指導者として招いた結果、仙台領きっての製鉄産地になり大籠の暮らしを豊かにしました。
製鉄技術の指導の傍ら、熱心なキリシタン信者だった彼らは、とう屋で働く人々にキリスト教を説いて信者が増えて行きます。
やがて徳川幕府より異端視され、伊達政宗の没後、幕府のキリシタン取締りが厳しくなり、次々と信者が処刑されました


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大籠地区にはキリシタン遺跡があちこちにあります。その真中に建てられたのが大籠キリスト教会で、
この教会は弾圧により殉教した300余名の信者の霊を弔うため、1952年に建立されました。
この地でのキリシタンは全ていなくなったとされているので、大籠キリスト教会で礼拝する方は今はいないそうです。


d0140869_202052.jpg深い山林が縦に続く藤沢の地形は
キリシタンが隠れる場所としても
良かったそうで、弾圧後も
ミサを続けていました。
そのミサを行った洞窟は350年後に発見され今も残っています。
今回は時間の関係で資料館しか
見れなかったですが、
どんなに悲しい歴史でも
その歴史があるからこそ今を生きてます。大切な歴史は語り継がれ、
残していって欲しいなと思いました。

たたら製鉄が栄えていた名残
鉄を作るときに出来る不純物
“かなくそ”が道に落ちていました。
思い出に貰ってきました。





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まるで北海道のような景色ですが、館ヶ森(たてがもり)アーク牧場という、農業を体験したり、美味しいグルメも堪能出来る場所。
地産地消に力を入れる藤沢町では畜産や野菜栽培が盛んに行われております。
このアーク牧場でハーブを食べさせた高原豚は臭みがなく美味しい。
ここで作られているハム・ソーセージはドイツ食肉製品コンテストで金・銀・銅賞を総なめにするほどです。
北海道にも美味しいソーセージはありますが負けてません。豚肉、ソーセージ共に食べましたが、本気で美味しいです。
無添加・低添加で体にも安心です。機会がありましたら、是非お取り寄せしてみて下さい。http://www.arkfarm.co.jp/shop/
私の今年のお歳暮はこれにキマリでございます。


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そしてなんとも私が一番驚いたのは、SHOEIの工場があるということです・・
1992年あたりにアイルトン・セナがレースで使用していたメットは、藤沢のおばちゃんがカラーしたんです!(笑)
カーレースやカートに昔携わっていたので、それ聞いた時にはビックリしすぎて身震いすら覚えましたねw
藤沢スポーツランドでは、全日本モトクロス選手権を開催してます。
みんなのSHOEIや地域医療・・小さな町なのに色んな凄いものが生み出されていることを知れて来れた事、嬉しく思います。


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まだまだ紹介しきれないほどの
魅力が藤沢にはあります。
こうした町の魅力を伝えてくれたのは
宿として利用させてもらった、観樂樓(かんらくろう)のご主人のお陰です。
ご主人の静雄さんは藤沢町の議会議員。藤沢町民病院を支える会にも入っていて、ボランティアで観光案内もされています。



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宿は昔ながらの懐かしい佇まいで、疲れた体を癒す憩いの空間。




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庭で作られた野菜や、とれたての新鮮な魚を使った手料理は
少食の人なら食べきれないほどの量が出てきますが、とても美味しくて
100アールの面積の自慢の庭もお花でいっぱい。朝は産みたての卵を出してくれます。




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囲炉裏もあるんです。冬に訪れてみたいですね。




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夕張希望の杜から、横田副院長は3週間、理事の辻さんは2週間と長く被災地にて支援活動をしておりました。



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活動は毎日大変だったようですが、この宿に戻るとホッと一息つけていたようです。



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私が北海道へ帰る時も、暑い中バス停までいらしてくれて、見送ってくれました。
こうした町の人々の思いやりある、おもてなしの心づかいは、私達の心を癒してくれました。
家族のことまで考えてくれる病院がある。その病院を守ろうとしてくれている町の人々がいる。
寄り添いあい信頼しあって生まれた絆が、地域医療を発展させ、働きたい、住みたいと感じる町になるのだなと思いました。

藤沢では、月1で素晴らしい内容の情報誌を発行してます。2008年12月に発行された“藤沢の医療”という冊子は
苦節の時代を通して、医療過疎だった町に病院が出来、黒字経営にまでたどり着いた歴史などとても分かりやすく書かれています。
藤沢町は、来月9月に一関市と合併してしまいます。この情報誌ふじさわの発行も残りわずかとなりました。
是非、ご一読してみてください(PDFです)
http://www.town.fujisawa.iwate.jp/kohou/08/2012.pdf

次回は、気仙沼の町のことをお送りします。



撮影:岩手県藤沢町
camera:Nikon F3
lens :Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
Film:FUJICOLOR 100


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オムソーリの心
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7月14日~16日の間岩手県へ、夕張希望の杜 NPOささえる医療研究所の広報として向かいました。
これから少しずつゆっくりと継続した支援を行うため、正しい情報を得て伝えれるように
実際に足を運び状況を見て、町の人々の声を聞き、歴史を学び、その町を知ることからスタートさせました。


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岩手県内陸にある藤沢町は人口9,124人(2011年7月)で、65歳以上の高齢者の占める割合は30%を超えています。
ちなみに夕張は人口10,738人で、高齢化率は40%超えです。
地域色の違いはかなりありますが、これから更に増えて行く少子高齢化問題は夕張だけではなく日本全体の問題なので、
その問題を受け入れ共にしていく町のあり方を、崩壊寸前だった地域医療を立て直し黒字経営に導いた
藤沢町民病院、行政、町民それぞれの声を、短い期間でしたが聞いてきました。


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町を沢山歩くと、ファインダーを通してその町の人や生活が見えてきます。



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スレートの瓦屋根。北海道で瓦はほとんど見かけません。竹林も無いのでとても珍しくて写真に撮ってしまいます。
東京駅や北海道庁旧本庁舎の屋根は、このウロコのようなスレートを使っているのですが、
石巻市の文化財修理業者が保管していた天然のスレートが津波で影響で倉庫が流されてしまいました。
しかし従業員が手作業で泥を洗い流して4万枚を出荷したものが、東京駅丸の内駅舎のドーム型屋根で使われる事になりました。


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山林に囲まれた町はどこか懐かしげで、穏やかな暮らしを感じさせます。




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タクシーに乗ったら、「今朝、役場で写真撮ってたしょ?」と言われました。
かなりウロウロしていたので目立っていたかもしれません。
うねる道の上の標識には、藤沢町役場と藤沢町民病院の名が。
藤沢では、役場と病院、介護老人施設、特別養護老人ホームなどが同じ敷地内に並んでいます。

この町にはかつて、佐藤光栄医師が開業する高金医院がありました。医師不足のために県立藤沢病院が廃止された昭和43年から、
佐藤光栄医師は総合医として睡眠時間を削ってでも住民のために献身的に医療活動をし、無理がたたったのか、
昭和62年にガンで69歳に天へ召されました。
信頼を寄せていた佐藤光栄医師が他界し、病院がなくなった住民は一日がかりで他の町の病院へ通い、
亡くなった人の半数以上が他所の病院で、自分の住み慣れて好きな場所で最後を迎えることが出来ない状態になってしまいました
最後まで暮らせる町でなければ本当の故郷とは言えない。と、前佐藤守町長は、政治生命をかけて町立病院の建設に力をいれます。
建設から開業まで、想像以上のただならぬ努力をしてきました。


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そして、県立病院がなくなってから25年の歳月が経ち、安心して暮らせるための町民病院が開業できました。
かいつまんでお話しさせてもらっているので全てをお話は出来ていませんが、
とにかく住む人々、行政、医師、それぞれが幾多の試練や苦労を乗り越えてきたからこそ、
今、安心して暮らせるやさしい町づくりに自信と誇りを持っていれているのが、藤沢町です。
地域医療の先進地なのは、そうした歴史の中で生まれた住民ひとりひとりの
病院の大切さを感じている意識の高さが、とても関係していると思われます。


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今回お世話になった民宿観樂樓の佐藤静雄さんに案内してもらい、藤沢町役場の見学をさせてもらいました。
昔ながらの佇まいで昭和初期にタイムスリップしたかのようです。
なんでも箱物を立てて地域の首を締めることは、ここではしません。「古くても使えるものは最後まで使うんだよ」
新しければいいというものではない、大きければいいというものでもないんですね。


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藤沢の町長さんと、少しですがお話をさせてもらうことが出来ました。



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藤沢町長 畠山 博さん

地域の事は地域に住む住民が決め、自ら暮らす地域の未来に責任を持ち、
住民と行政が対等の立場でいる町づくりが長く築かれていることに誇りを持っているそうです。
藤沢の病院では17年間黒字経営なのですが、そのお話もしました。
支えあい喜びあえる福祉の里づくりにおいて医師確保は町の最重要課題であり、在宅医療も積極的に推進しており、
住民一人ひとりが生きる喜びや幸せを実感出来る、やさしい地域社会を作ることを大切にしている
そのためには、オムソーリの心を持つことが大切。
オムソーリとはスウェーデン語で、分かち合いという意味。
スウェーデンは福祉大国。痛みを分かち合い、相手を思いやる。
住民がこの地域や病院を守り創ってゆくことが次代に対して私たちの責任であると話されていました。

地域医療にとても意識が高いことに驚くと、
病院がなくなると困るから、意識が高くなるのは当たり前の事。驚くことではないと言われました。
藤沢には17年前から、地域ナイトスクールという、町民に情報を流して医療や病院への意見を交換する場があるそうです。
病院、町民、お互いを知る事は大切です。その二つの架け橋をしてゆくのも行政の役割であるのですね。


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お医者さんが働きたいと思える場所、町民が笑顔で暮らせる場所、どうすればそういう町づくりが出来るのか
藤沢という場所を通して、少しづつですが見えてきた気がします。
今日から又被災地へ広報のお仕事で向かいます。短い期間ですが頑張ってきます。
札幌に戻ってきたら、様々なイベントでバタバタしておりますが、次回は町の人と病院のことをお伝えしたいと思います。

少し急いで書きましたので誤字脱字文章の間違いありましたら、すいません。
では、行ってきます。

撮影:岩手県藤沢町
camera:Nikon F3
lens :Nikon Nikkor 50mm 1:1.4
Film:FUJICOLOR 100

1、13~15枚目 Nikon D40


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Top▲ | by benyanco-ltd | 2011-07-29 01:25 | 東北
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